新・市中の山居   「茶道雑誌」 2001年03月号
樂美術館の茶室庵
(池坊短期大学助教授) 岩崎 正弥

 樂家は、ご存知のように、千利休の指導のもと茶碗を焼いた長次郎を初代として、400年の歴史をもつ、千家十職茶碗師の家です。
 先代の吉左衛門すなわち覚入が、樂家に伝わる作品や資料を公開する美術館の創設を思い立たれたのは、40代半ばの昭和40年の頃でした。当時、収集家による美術財団の設立はありましたが、作家自身によるそれはまだ珍しく、認可までに数年の年月を要しました。続いて設計・建設および募金活動の約2年を経て昭和53年(1978)11月に樂美術館は開館しました。
 その計画の中でこの茶室は、手にとって歴代の茶碗を鑑賞するのにふさわしい付属施設として企画され、普請されました。ただ、御披露目のときにはまだ席名や席披きの茶会も無く、それらはいずれ落ち着いてからゆっくりとなさる心づもりであったようです。
 開館後まもなくから、さっそく月1回の割合で、この茶室を会場に覚入自らが解説する「特別鑑賞茶会」がはじまりました。それからさほど年月を経ない昭和55年3月、腰の痛みを訴えた覚入を家族が精密検査へ。結果は重篤であり4月1日に入院、5月6日に逝去、享年61歳。それは、これから円熟期を迎えるべき陶芸家にとって、あまりに早い死であったことでしょう。その時、長男の当代(現吉左衛門)は31歳でした。
 当代は昭和24年(1949)生まれ。東京芸術大学彫刻科を卒業後、イタリアへ2年間の留学。それまで茶陶の家に育ちながら茶道を習うよう強制されたことがなく、彼の地で彼の言葉で初めて御稽古を受けたのでした。この時、いっしょに習う芸術家たちが、茶室に響くお点前のさまざまな音を、まるでジョン・ケージの現代音楽を聴くように耳を澄ませていたと。遠く離れた国で、世界に通用する、茶の湯の本質的な力を知ったのでした。
 ところで、樂家には「一子相伝とは教えないことである」という家風があるといいます。「伝統とは、決して踏襲ではない。己の時代に生き、己の世界を築きあげなければならない」と。そう語っていた覚入も、戦地から戻った時には十三代惺入は不帰の人でした。親が子に手とり足取り伝授しない。机を並べて仕事することもない。子は自分で考え、試み、工夫して、己の作風を築いて行く。ここにこそ、樂茶碗ならではの孤高の魅力があるのでしょう。それにしても、帰国後に共に親子が過ごしたのはわずか5年であったとは。
 当代は、覚入没後しばらくは作陶に没頭され、約3年を経て自作を発表。その斬新な形・色・箆づかいで世間を驚かせました。以来、樂茶碗の伝統を踏まえつつ、造形性と精神性の高い作品を作り、さらにその先の新境地へ向かって前進を続けていらっしゃいます。
 平成9年(1997)には海外に初めて歴代と自作の楽焼を紹介する「RAKU展」を欧州で開催、その功績で昨年はフランスよりシュバリエ芸術文化勲章を授与しまました。
 さて、樂美術館茶室は七畳の広間と四畳半台目の小間で成り立っています。先代吉左衛門の意向を反映して、数寄屋師・平井滋造によって建てられました。
 広間のほうは、表千家の八代?啄斎好の七畳敷(実際には六畳台目)を写したもの。ご存知のように七代如心斎が七事式を制定して八畳を工夫しましたが、そのあまりの流行に、嗣子?啄斎は、それが本来の茶の心を見失うことを憂いて、一畳足らない七畳の座敷を作ったと伝えられています。樂家では、本宅の茶室「玩土庵」も同じ七畳写しであり、馴染み深い型であったようです。ほぼ本歌に準じて構成されていますが、建具の組み合わせなど若干の違いもあります。これに鞘の間五畳と水屋への畳廊下もつなげば、たっぷり広く使えるように工夫されています。
 また小間は、特に本歌の写しというものではなく、躙口・連子窓・中柱・給仕口・網代天井と、小間の要素を使いながら、美術館の茶室として程よい広さを保っています。
 水屋は、伝統的な流しと現代的なキッチンセットを併せ持ち、広間にも小間にも露地にも通える便利な配置。露地と茶室の風情は、美術館のラウンジに憩う人々の目を楽しませています。内部・外部ともども、抑制の効いたオーソドックスな構えとなっています。
 「特別鑑賞会」は昭和57年より復活し、今も年10回ほど「ご当代自らの解説」により開催されています。その内の特に何回かは季節の趣向を凝らした茶事に。1ヶ月前の電話予約はあっという間にいっぱいになるようです。このほか、学芸員の解説による「手に触れる樂茶碗鑑賞会」も好評です。これらの心のこもった手作りの会が、この茶室で父から子へと約30年も続いているのです。
 先代の、そして代々の、志を継承してゆく「伝統を越えた伝統」「時を越えた時」を深く味わう、樂家の静かな茶の空間であります。
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