新・市中の山居   「茶道雑誌」 2000年11月号
和泉市久保惣美術館 聴泉亭 惣庵
(池坊短期大学助教授) 岩崎 正弥

 「久保惣」とは、この和泉の地に明治期以来、綿紡績を営んできた会社の名前であり、歴代当主「久保惣太郎」の名に因みます。
 創業の初代惣太郎に続く二代目惣太郎は、伝子夫人ともども茶道を事のほか愛され、昭和15年(1940)に現在の茶室棟と庭園を完成させ、茶道具中心の美術収集に熱心でした。戦後は、2代目の弟、久保忠清氏の助言と協力により、伝子夫人と3代目惣太郎が中心となってさらに美術品収集に努力を傾けたといわれています。
 しかし、綿産業はやがて構造不況業種として政府から転廃業を指導されるに至ります。そこで、久保家の人々は廃業を期に、収集美術品・敷地・施設建設費と基金も添えて和泉市への寄贈を決意されました。こうして恵まれたかたちで昭和57年に本美術館が開館したのです。また同時に、運営団体となる財団法人和泉市文化振興財団も設立されました。
 第1次久保惣コレクション約500点には、「歌仙歌合」1巻と「青磁鳳凰耳花生 銘万声」の国宝2点をはじめとして、「伊勢物語絵巻」、「駒競行幸絵巻」、「北野天神縁起絵巻」、「源氏物語手鑑」など王朝美術の至宝を中心に、宮本武蔵筆「枯木鳴鵙図」などの書画や「黄瀬戸立鼓花生 銘旅枕」などの茶道具群と、中国鏡85面、和鏡55面からなる旧富岡コレクション(富岡鉄斎長男の謙蔵氏収集品)などが含まれます。
 加えて、中国の玉石器・青銅器・陶磁器など約1000点、およびモネ、ルノアール、ゴッホなどの西洋絵画など約20点を、また中国玉石器、青銅器などの江口コレクション(江口証券の江口治郎氏収集品)約600点を収蔵して、総計3000点の気宇壮大なコレクションとなっています。さらに久保惣記念文化財団から平成11年(1999)には、和泉市久保惣市民ホール・市民ギャラリー・市民創作教室とが寄贈されました。
 さて、美術館の本館と新館は古風な家並みが残る街道筋に、瓦屋根と白壁の美しい調和を見せて建ち並んでいます。それぞれ竹中工務店の設計施工によるもので、数々の建築賞を受賞しています。本館は、旧宅のあった場所に、起伏に富んだ庭園に臨んでL字型に配置され、その樹々の中に茶室と思しき屋根が見え隠れします。
 ラウンジから庭へ出て、石畳の小道を下っていくと、左手に原叟好みの茶室「楠蔭庵」があります。しばらくゆくと、庭の中程に松尾川が流れていて、木製の太鼓橋「洗塵橋」を渡った対岸に、数寄屋門が迎えてくれるという、実に脱俗の風景が待ち構えています。門をくぐれば、やがて茶室の玄関に至り、靴を脱いで竹敷打の式台に足を掛けると、その感触から、たちまち侘びの心が伝わります。
 この茶室は、前述のとおり茶の湯をたしなんだ2代目久保惣太郎夫妻により、昭和15年に完成されたものです。美術館開館に際して、当初の設計施工を担当した京都の平井工務店によって、大修理が行われました。
 コの字に折れる廊下に沿って大小6つほどの趣向を凝らした茶室が連なっており、ご夫妻が当時の斯界の数寄者たちを招いてさまざまな茶事を自在に楽しまれた姿が想像されます。
 その一番奥が、表千家の残月亭写しの「聴泉亭」、不審庵写しの「惣庵」です。この二つの茶室は、周囲の露地の外腰掛、中潜り、梅軒門、内腰掛とともに、表千家のそれと違わぬ姿に整えられています。
 鄙にありながら、本物の値打ちをよく知る人々ならではの宗家写しであり、この席のためにさらにふさわしい名品の数々が集められていったのでありましょう残月床の天井は、軸物の長さによって高さの調節ができるように仕掛けられ、席中を照らす灯具が取り付けられたり、ご亭主の創意工夫も見うけられます。ここには正統な空間がもつ緊迫感があり、また「市中の山居」ならぬ、「山居の洛中」を楽しむ妙味さえ感じられます。私は、六朝の詩人陶淵明が田園に帰って「庵を結びて人境にあり」の自由の境地も、かくほどにやと、しばし思いを巡らせました。
 この茶室は、春秋の開館日には、無料で一般公開されています。ただし貸し切りの時また雨の日は不可となります。詳しくは美術館にお問い合わせください。
 和泉の地にあって、かつて郷土と国土の興産に尽力され、日本・東洋・世界の美術の粋を収集され、さらに現在も地域の文化薫育に貢献しつつある久保家の人々の、志の高さを思い、その業績に心より敬意を表します。
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