とっておきの時間と空間と御話で  日本の伝統文化の本物を学ぶ  探訪見学講話型の特別授業
伝統未来塾  第1回公開シンポジウム「茶陶の昨日・今日・明日」  議事録・その3
2006年06月10日(土)13:30〜17:00 京都国際交流会館



参加者:   これ、全部の先生になんですけれども、この前ちょっと話題になった画家の和田さんが、アルベルト・スギ氏の作品をまったくの模写というかコピーされましたよね? たまたまスギ氏がご存命で、活躍されているから問題になったんでしょうけれども。
 たとえば、鈴木先生のお父様みたいな著名な方の作品を、とってもいい、すごくいいといってその作品を模写された場合は、訴えられることになるんでしょうか? 良いものを皆さん、写して作ってらっしゃいますよね? 高麗のものとか、時代もの、それはあくまでも写しであると思うんですよね。
 でも、たまたま絵の方ではすごく問題が出てて、描いた人が生きてらっしゃるから、特に問題になったんだろうなと思いますけれど。これが亡くなってる方のを写されていたら、問題にはならなかったような気がするんですけれども、今の現状はどうなっているんでしょうか?

谷:   それは、一人一人に?

参加者:   いえ、全体で。谷先生でも結構なんですけれども。

谷:   それでは鈴木さんの名前が出ましたから、鈴木さん。

鈴木:   私、今、名古屋芸大で講師をやっておりまして、和田さんは2002年まで教授をやってらっしゃって、和田さんの話が出てちょっとびっくりしましたけれども。
 あれは見ればまるっきり一緒ですんで、ちょっとどうかなと思いますし、おっしゃったように茶碗でも、桃山のたとえば卯の花墻ですとか、太郎坊ですとか、いろんな茶碗がありますけれども、そういう茶碗を写される方はたくさんいらっしゃいます。それは先程、谷先生の基調講演で言われた習作だと思います。
 やはり、生きている作家の作品を売れるから真似する、同じものを作ったら自分も売れるだろうと思って作るのは、訴えるどうこうは別にして、作る人の良心の問題だと思いますし、僕はちょっと理解に苦しむことですけど。

谷:   他の方、今のご質問ですけど、話題になっている和田さんの描いた絵画について、ちょっとひとこと言いたい事があるとおっしゃる方いらっしゃいませんか? 杉本さん?

杉本:   特にないですけど、ただ単にモラルの問題ではないですか? 僕らも一応、古いものを写して自分のものにしていくというのは、僕らの勉強の過程であって、それを作品として出す場合は、安田君がやったように、仁清の信楽写しであるとかね。そういう文字をまず入れますよ。それが無ければ、それはその人のモラルの問題だと。やきものに関してはね。

谷:   安田さん。

安田:   私がこの世界に入った時に、道具屋さんに乾山を完璧に写せるだけの技量を持てという風に言われました。そうすれば君の世界のものを作れると。まず写しものが上手に出来るようになって、それから自分のものを作りなさい、と言われた事があります。その辺が鈴木君のおっしゃる「型にはまってしまうからお茶を勉強しないでおこう」という気持ちでしょうし、それはよく分るんですけれども、そういうものなのかなぁとも思います。
 一生懸命写すんですけれど、なかなか乾山そのものが出来ないんですね。やっぱりなぜかちょっと違う。それは経験の差ということもありますけれども、なかなか写しきれないものだなぁという風に思いました。
 今、たとえば、京焼ですと、十職ですと、永楽さんという方がいらっしゃいますけれども、それとまったく同じような図柄のものを、絵付けしてはる人がいはりますけれど、僕はそれはあんまり良くないんではないかなと思います。ただ、たとえば、乾山のものを写すのであれば、やっぱりどっかに自分のハンコをしっかり入れておかないと。ハンコも入れずに乾山の銘まで入れてしまうと、それはちょっとマズイかなと思います。

谷:   はい、山岡さん。

山岡:   私は、土物で、釉薬の動きとか流れとか、陶工はそういうものを作りますが、たとえば自分のぐい飲みを作りますね。で、お客様に買っていただきますね。それを割れたからもう一つ作ってと言って持ってこられても、まったく同じ作品は作った人間でも出来ないです。いろんな磁器とか絵付けとか、上絵、下絵ありますけれど、私の場合は不可能なんです。同じものを2個作ってくれと言われても出来ない。
 ですから、申先生が常々言っておられますけれども、韓国の陶芸家も、昔の喜左衛門とか筒井筒とか細川井戸とか有楽とか、全部見て、完璧にコピーしようと思っても、2万個作っても1個も出来ないです。これは申先生もいつも言っています。そのくらい難しいんです。

谷:   少し解説いたしますと、基本的には著作権法では「死後50年」ですから、今回の場合は生きている人の作品を無断で写したので、著作権法違反となります。ですから極端なことを言えば狩野探幽を写していればよかったのです。
 ただし、それを写して自分の作品であるといって出すということには、著作権法上の問題はないとしても、作家としての道義的な問題が発生すると思われます。ましてやそれが、公的な賞を受けたということで人間的道義的に問題があるのではないかと指摘されている。写した作品であることを見抜けずに賞を与えた文化庁に対しても批判が出て、大きな問題になっている。

 それともう一つは、今も山岡さんがおっしゃったように、やきものの世界というのは、完璧なコピー商品というのはまず出来ないですね。ご自分の作品でも、同じものを作ってくれと言ったって出来やしないんだとおっしゃるぐらい、まず同じものは出来ないということです。
 ただし、意匠性があります。安田さんがここの写真で仁清の信楽、信楽のものをやっておられますが、有名なもの、たとえば、これには付いてませんが、兎の耳のついたものがありますけど、今、三井文庫にあります、ああいうものをまったく同じにフリルの形も数も同じにして、兎の表情も同じにしてやるとかなり似てくるのですね。同一のものではないにしても。それを「何々作」としてしまうと、やはりそこで道義的な問題が出てくる。
 だから、陶器というものは、やきものというものは完全に同じものは作れないにしても、似た物は出来る。似たものを 作って、それを自分の名前で、これは杉本さんでしたか? 自分のサインを入れるのならいいのでは、ちょっと意味が違いますか?

杉本:   安田さんがやったように、ちゃんと写しと書くならいいけど、まったく自分のものだと言うのは、それはちょっとダメだろうと。

谷:   道義的な問題。それは、著作権の問題ではありませんけれども。そういうことがあるんだということですが、それでよろしいでしょうか?

参加者:   はい、ありがとうございました。

谷:   はい。それでは、他にはいかがですか? 何か追加でちょっと聞きたいとか、はいどうそ。

参加者:   先生は、今、薪で焚いているとお聞きしたんですけれど、皆さん、どんな窯でやっておられるか伺えれば、聞きたいのですが。

谷:   もしお答えになりたくない、企業秘密であるということであれば、それはそれで結構です。

鈴木:   私はガス窯で焼いてます。ほぼ36時間ぐらいかけて、焼いています。

安田:   私の場合は、電気窯で、還元焼成のものを焼く場合は、横から都市ガスを入れて焼いております。樂焼の場合はちょっと、企業秘密ですけれども、炭を使っております。

杉本:   私は灯油の窯を使っております。

山岡:   私は薪の窯で、赤松で。

申:   私は、ガスの窯とか登り窯とか、これは問題ではないと思います。なぜか、一番の問題は、都会では出来ないでしょう、登り窯は。ですから、本当に大事なのは、やきものを作る信念が問題だと思います。ガス窯だからいい、登り窯だからいいのではないです。ですけれども、個人では登り窯が味があるし、いいと思うから、私は登り窯ですけれども。ガス窯でも、登り窯でも、断定は絶対無理。私の日本語分りますか?

谷:   はい、他に何かご質問ありましたら。よろしいですか? あと残っている質問というか、山岡先生に、喋り足りなかったこと喋ってください、というものなんですが。(笑)

山岡:   上野の緑青について、昔、京都の方々がお茶で使っていた、九州もののやきものには唐津焼、高取焼、上野焼などがあったんですけれども、総称して唐津ものと呼んでいたのですね。上野だの、唐津だの、区別がなかったんですけれども、今、書店に行って上野焼の勉強したくて見ようと思っても本がないんです。
 萩はあります。高取もあります。唐津焼も、いろんな本が出てまして、いろんな著名な先生方が解説をされてますけれども、上野焼はないんですよ。何故かな? と考えた時に、上野は200年ぐらい前から、緑青の青と緑の釉薬を使ったと言われてますけど、これは違います。1614年の円満寺琢磨の初期の窯からも、緑青釉を使ったものが出ているんです。400年ぐらい前に。ですから、緑青釉というものは、ハレー彗星のように現れて、サーっと上から下まで青を掛けている訳ではなくて、掛けて使われてはいるんですけれども、その辺が侘び寂びとかお茶の世界に通じぬところで、やや茶人から嫌われてきたんではないかなという印象はあります。
 私が今、求めているのは、やっぱり唐津とか萩とか、高取の自然の土に色をつけていない、素朴なやきものを作りたいなと思ってやってきたので、自己紹介の時にこれはちょっと言えなかったので、喋り足りなかったということで、すみません。こんな所です。

谷:   はい、ありがとうございます。だいぶ、長時間にわたりまして、もう開始以来2時間半経過しておりますが、あとしばらくお付き合いを願います。だいぶ話も佳境に入ってきております。これが最後の質問で、これも非常に難しい質問なのですが、とりあえずそのまま読んでみますと、「やきものは作家一人の考えだけで作るには無理があるように思います。千利休や小堀遠州のようなコーディネーターの存在が重要だと思いますが、現在、そのようなものを見つけ出すことが出来ないのですが、こういうことに対する皆様のご見解を伺いたいです」という、これは全員の方になんですが。
 最初に、申さん、この質問の意味は、とにかく作家一人が一生懸命やるのではなくて、導いてくれるような、指導してくれるようなコーディネーターのような存在が必要じゃないのか、ということなんですが、これについて?

申:   たとえば、オーケストラがあるでしょう? 日本のことはどうか分らないけれど、昔の韓国の話ですけれども、たとえばオーケストラがあるでしょう? オーケストラで、バイオリンですとかいろいろあるでしょう? 指揮者もいるでしょう? 陶芸では一番いいものを作るのが目的でしょう? ですから、いろいろ良いものを見て、ミックスして、一人でまとめなければいいものは作れないと思います。私の考え方は、全部分らなければ出来ない。これが本当にいいやきものを作ると考えます。私の考え方です。はい。

谷:   ということは、申さんの考え方は、一種の工房のようなものを想定して、そこでいろんな人を纏め上げて、トップにいる人が良い作品に仕上げて作るんだということですか。

申:   はい、ですけど指揮者の実力がない人はだめであります。

谷:   ただ、この質問の意味はですね、例に挙げておられる、千利休とか、小堀遠州という人達は、実際に自分では焼き物を作らなかった。しかし、その感性とかセンスとかいうものを持っていたので、そういう人達の指導を受けたほうが、陶工はより良い作品が作れるのではないかという質問です。ですから、申さんが、どなたか、誰かの指導を受けるというようなことを考えたら、どう思いますか?

申:   たとえば、千利休とか小堀遠州とかは指導したでしょう? その文化は素晴らしいものと思いますよ。ですが、韓国でも茶があったし、中国でもあったですけれども、文化の形が異なっただけです。お茶は日本の特別の教えですよ。そして利休や遠州がいたから日本の茶の湯が発展出来たのではないでしょうか。私の考えです。

谷:   山岡さん、指導者、コーディネーターというものが陶工にとっては必要ではないか、ということですが。

山岡:   小堀遠州とか千利休、古田織部というあのくらいの抜きん出て、才能のある方でしたら、ぜひお願いしたいんですけれども、先程申先生が言われたように、オーケストラの指揮者がダメだったら、一緒に底まで落ちてしまいますから、それも問題で、今現在の我々にそういう指揮者を雇う余力もないし、それにいるかいないかも、見つけ出す方法も分らない訳です。私には分らないです。ですから、昔の作品や今の流行とかいろんなものも総合的に考えて、自分なりに努力するしかないのが、今の陶芸家の現状じゃないでしょうか? もちろんアドバイスをしてくれる方がいれば、聞きたいと思います。

杉本:   難しい質問なんで、答えるほうも難しいですけど、別ないい方をすれば、皆さんに勉強してもらもらいたいなというのが、僕達の本音だということです。皆さんが勉強してもらえないと、僕らがいくら良い物、自分自身で良い物と思って作っているものでも評価してもらえる「目」というものが育っていないと、僕らも育っていけないというのがある。よく祭りとかで店を出してるんですけれど、「これ何に使うの?」という質問がすごくたくさんあるんですよね? ご飯茶碗とかお鉢を出していてもね。それは、僕らから言わせてもらえば「もうちょっと勉強して」って思うんですよね。何に使ってもいいと思うんです。ご飯茶碗でお茶点ててもらってもいいし、お鉢でラーメン食べてもらってもいいですけど、もうちょっと勉強してほしいなということが、いつも思うことかなぁ、逆に。これは多分質問とはまた違う答えになっていると思うんですけど、いつも思っているのはそういうことかな。

谷:   安田さん、もし目の前にかつての千利休とか、そういう優れた人が現れて、「安田さん、あんたこういう風にしはったらよろしいで」と言ったら、従いますか?

安田:   そうですね。私は従いますね。というか、本当、私は作り手の前に、使い手でいたいなと思うぐらいでして、あくまでも「茶陶」の作家というのは職人であると思っている。ですから、こんなやったらおもろいと思うから作ってと言われたら、それおもしろそうやなと思ったら、僕は従って作りますね。で、その使い手が作りたいものを、こっちの手で作り上げてるというのが、お茶道具でないかな? という風に。その形が、いうたら、利休であれば長次郎の茶碗なんではないかなという風に思います。

谷:   写真にも紹介されています「タテ・ヨコ・ナナメ」という、安田さんのお気に入りの作品で、ご自慢だとも思うんですが、この発想はご自身ですか?

安田:   そうです。

谷:   何かからヒントを得られたとか?

安田:   私の写真の作品の一番右側の「タテ・ヨコ・ナナメ」という蓋置なんですけれども、これは98年に淡交ビエンナーレの茶道美術公募展がございまして、2年に1回に淡交社がやった公募展ですね。5回でちょうど98年で終ったんですけれども、こういう公募展に出品するにあたって、現代的なものを作りたいなと、結構お茶碗よりも私は脇のものが好きでして、香合であったりとか、蓋置であったりとか、そういうものが好きでして、それで現代的なものが出来ればなと思って作ったものがこれなんですけれども。蓋置の楽しみというのは、お点前の時にちょっと手で扱う部分がある、あるものがあります、いくつかね、たとえば一閑人の蓋置であるとか、五徳の蓋置ですとか、そういうものを現代的に表せないかなという試行錯誤しているうちに、この蓋置を思いついて、縦に置いても、横に置いても、斜めに置いても使えるもの、これは面白いなと思って作ったんですけれども、一応それが評価をいただいて入選したということなんですけれども。

谷:   鈴木さん、鈴木さんは日本伝統工芸会に属されて、毎年出品されている。そこの中でたとえば、私なんかが思いますのは、伝統工芸会に出すというのはある範疇に収まらなければいけない、というのが必ずあると思いますけど、しかもそこの中でその賞をもらおうと思おうと思うのであれば、さらにそれを、ある程度その作り手としてはどういうものが賞に選ばれるか、出品し続けていれば、あるいは受賞したものを眺めていると分ると思うんですね。その辺と、作り手の意識、というもの、また難しくて、ボロが出そうかもしれませんけれど、お願いします。

鈴木:   難しい質問ですね(笑)。先程のお話であれば、導いてこういう風にしたらええよ、ああしたらええよということを言ってくれる人がいたら、こんなにありがたいことはないんですけれども、どうなんでしょうね? こういうのが受賞しやすい作品、そういうのはあんまり、出している私から見てても、毎年作品、賞が付くのも別々のものですし、大きければ大きいほどいいという、そういうものでもなさそうですし、ちょっと質問の答えになっていないかもしれないですけれども、そうですね、こういうものが受賞しやすいというものはあまりないような気がします。

谷:   そうすると、伝統工芸会に限らず、技術的、芸術的センスというものが優れている作品、妥当性のあるものが選ばれているということですね? 出す以上は、賞を欲しいと思っている訳でしょう?

鈴木:   いや、賞をどうこうというよりもですね、私の話になりますけれども、伝統工芸展というのは、毎年秋に東京で始まって、京都にも回ってきますけれども、私が伝統工芸展にずっと出品してきて、全国を回るものですから、「この人の作品、どんな作品を作る人、どんな人かしら?」という興味を持っていただいて、ここまでこれたと思っているんですけれども。伝統工芸展というのは、同じ作品を出していたら、絶対通らないんですね。特に去年から厳しくなりまして、過去十年間の作品がファイルされているそうなんです。たとえば、審査の時に私の作品を見て、「鈴木徹、過去十年間どんな作品を出品しておるんや?」と言ってそういうファイルがあるそうですから、見て、「あれ、これ去年の作品とまったく一緒じゃないか」「これ7・8年前と一緒じゃないか」ということであったら、その作品がよくても落とされてしまうそうなんですね。ですから、毎年そういう違うものを作らなければいけないというのも、これは本当にプレッシャーでして、去年の伝統工芸展の発表があって、その次の年が来るまで、その年末ぐらいまでは割と気分的に楽なんですけれども、年が変わって「今年は何を作ろうか?」ということで本当に悩んで、6月・7月の一番作品を作る時期なんですけれども、作品を作っては壊しで、毎年3キロぐらい痩せてるんですけれども、そんなことで、あれ何の話でしたっけ?(笑)

谷:   私が、かなり際どい質問を致しましたけれど、私がそういう質問をしましたのは、現代においては、かつてのような利休とか遠州、織部のような指導者に出会うということは、きわめて難しくなってきている、稀である。ですから現在はそういうものを指導者に代わって、公募展であるとか、団体に属してそれに出品し続けるということが、かつての指導者から指導を受けているのと同じような効果を作家にはもたらすのではないか、ということをお聞きしたいのです。

鈴木:   それはやっぱりあると思いますね。入選するために、その作品のレベルを上げなくてはいけないし、私は清水卯一先生にいろいろ作品を見ていただいて、こうしたらいい、ああしたらいいということを言って頂いたことを、本当に今、自分の肥やしになってますし、伝統工芸展に出品するために毎年そうやって苦しんできたことが、肥やしになっている。そういう意味では、一つの指導者的な部分もあると思います。

谷:   はい、ありがとうございました。これまでずっと質問、会場からの質問を皆さんにお聞きするという形でやってきましたが、その過程でいろんな問題が浮き彫りになってきたという気がいたします。
 まず、「茶陶」といっている、その根本の茶の湯というものが、なんかおかしくなりつつある、人数が減ってきている。そうすると、「茶陶」もその存在を脅かされるような状況があるんだ、ということ。
 それから、これから、韓国でも日本でも同じようなことが言われた、中国の進出といいますか、低価格のやきものが大量に入ってくることによって、今までどちらかと言えば、低価格のものを扱ってきた陶工達が非常に存亡の危機に立たされてきているということ。
 またそういう状況、いろいろな厳しい状況があるにしても、作り手側としては、やはりいろんな勉強をしなければいけないんだ。あまり安いものよりは、むしろ、高いものを目指した方がいいのではないか。
 さらには、やきものを扱うほう、受け入れるほう、つまり買う側、使う側も勉強が必要じゃないかということ。やきものの作り手からすると、もうちょっと勉強してもらわんと困りまんなぁ・・という意見があった訳ですね。つまり、与えられるだけでは駄目なんで、使い手側でそれなりの勉強というものをしてもらわんことには、やっぱり作り手としても困るし、張り合いがない。そんなようなことも、意見として出てきました。
 これらの事柄は一つ一つが非常に大きな問題でして、何か妙案がある訳ではない。対策がすぐに取れるような問題ではないので、これから長い目で見なければなりませんが、ここでそういった意見が出てきたことも踏まえて、最後の締めくくりとして、皆さん一人一人に、今言いましたことに関してでも結構ですし、あるいは言い忘れたこと、まったく別のことでもいいですから、少しお話をしていただきたいと思います。

申:   失礼ですけれど、今、谷先生の早い日本語が・・。

谷:   分らなかった?

申:   ちょっと10%ぐらいですけれども、私は韓国の陶工ですけれども、私の考え方は、日本の陶工の方と同じように考えます。韓国の陶工達は今、未来は暗いですけれども、信念を持って一生懸命作るれば、お客さんが見て、良い物ならば買うと思います。私も良い作品を作ります。私は今度日本で谷先生の監修で本を出します。そのときは1冊買ってください。

谷:   はい、コマーシャルが入りましたけど(笑)、山岡さん。

山岡:   鈴木先生と申先生が、これからは本当に良い物を作らないと、安かろう悪かろうみたいな低価格戦争をやったのでは、人件費の安いところには絶対勝てないといわれた。
 日本人は幸いなことに、想像していいものを作るという感性があるので、今からは本当にいいものを作るようにしていかないと私の未来はないと考えています。そして、現代のように鈴木先生もおっしゃいましたけど、どこでも日本全国の粘土が、福岡にいても備前の粘土、美濃の粘土、瀬戸の粘土が手に入る時代です。北海道でもどこでも、九州のものが作れます。でも、それは私からいわせると、本当にいい材料ではないです。本当にいい材料は自分の足元にちゃんとあります。私が感じるのは、陶芸家が画料屋に電話して土を買ったりするのは悪いとは言いませんけれど、昔の人は掘ったんですから、これだけはこだわろうと思うものは自分で掘ったらどうかなと思います。それがブランドになるのではないでしょうか? 先程から言ってるように。
 私は上野の山に行って、土を掘って白とか赤とか、昔からのものがあります。これで作り、削ると、400年前の人が削ったのと同じ箆目になります。同じ土ですから。これがものすごく楽しいです。そして自分が汗を流して掘らない上野の作家は、良い土がないと言います。掘ったことがない人が、どうして良い土があるかないか分るのでしょうか? 私は自分で山の中を歩き回って掘りますから、分るんですよ。これからはいいものを作っていく必要があるんじゃないかなと。
 この会を通じて感じましたので、もっと山を歩き回って、本当に上野が今まで歩んできた400年間続いてきた根っこみたいなもの、古いですけれども、その方向で努力したいなと思っております。今日はありがとうございました。

杉本:   山岡さんの言葉の繰り返しになると思うんですけれども、僕ら自身が良い物を皆さんに見せていかないと、僕ら自身も伸びていかないし、今後のやきものというのもないと思います。やっぱり今後、続けていくことで、僕らも一生懸命勉強して、良い物を皆さんに見ていただけるように努力していきたいと思います。

安田:   バブルの時代なんかは、私、京物なんですけど、すごく京物なんかでも、派手派手しいものがたくさん売れました。個展でもお茶碗ばかり出てくる展覧会で。同じ大きさでも向付けは安くて、お茶碗は高い。で、作る方も、お茶碗やったら銘が取れるかなということで、考えたらなんですけれども、お茶碗ばっかり作っている作家さんが結構いらっしゃいました。

 でも、「茶陶」というのは茶碗ばかりじゃないんですね。たとえば、茶器だって非常に凝ったものがあったりしますし、なんていうのかな、結構面白いものがあるんですけれども、手間が掛かり過ぎるから、お茶碗作った方が手っ取り早くお金になるかなということをし過ぎたんじゃないかなと、僕は思うんですね。

 ですから、もっともっとそういう脇の物も、押し上げることをしていかなきゃいけないし、それから使っていただく側も、たとえば、今はこの季節になったら風炉になるから、やきものの香合は使えないよとか、炉のものは塗りのものは使えないよとか、よく言いますけれども、たとえば、桃の香合の塗りのものが昔からある訳なんですけれども、そういうのは結構決まり無しに使っていたと思うんですね。それをいつの頃からか、昔からこういう風に決まっているような形で、お点前も決まっちゃっている。そのようにすべて決まってしまっているところが、面白くなくしているのではないかと思うんですね。

 ですから、もっともっと自分の発想で、使われる方は使っていただきたいし、こっちも勉強して、それに応えられるようなものを作っていければなぁと思っております。ありがとうございました。

鈴木:   はい、私は喋りたいことをほぼ喋ってしまったので、もうあれなんですけれども。やはりいろんな展覧会とか、作家の方が個展やってらっしゃるのを見てても、よく売れてらっしゃる方というのは作品にやっぱり筋が通っていると思うんですよね。作品自体に魅力があるから、売れると思うんですけども、やっぱりそういった意味においても、私しか成し得ない、そういう鈴木徹の作品が欲しいと思われるような、そういう作品を作ることが第一で、これからもっと頑張っていかなきゃいけないと思うんですけれども。

 それと同時に、今のその茶の湯について、これから人数が減っていくということなんですけれども、今の若い方の中には、所謂デパチカとかでいろんな惣菜を買ってきて、その惣菜をプレートに移すならまだ良い方なんですけれども、その発砲スチロールの容器に入った、そのまま食べてらっしゃる方とかいるとかって聞いたりするんですけれども、

 一つの料理でも器に、自分の好きな器に盛ることによって、それが華やいですごく美味しく見えて、器も生きるし、その食べる物も生きるって、そういう文化っていうのがやはり日本独特なものだと思いますし、備前のやきものなんていうのは、見た目そんなに綺麗じゃないんですけど、水分を含むことによって、生き生きとしてすごく綺麗に見えるんですけれども、そういうことをこれから誰が教えていくんだろうということを感じる時があって、学校でそういうことを教えてくれるのかなとか。

 中には自分が展覧会やってて、若い20代の人が来たりして「私、織部好きなんですよ」とかっていう話を聞いて、非常に勉強していらっしゃって、好きな方がいらっしゃって、元気をもらったりするんですけれども、そういった部分も含めて、これからこちらから発信していくものは他にもいろいろあるんじゃないかなっていう気がします。もちろんそれ以上に良い物を作っていくっていうことが、一番大事なんだと思いますけれども。ま、そんなところです。

谷:   はい、どうもありがとうございました。突然ですけれども、桶谷さん。恐縮ですが、貴方はなぜ茶碗を作られますか?

桶谷:   そうですね、いきなりなんで難しいですけれども。本当のやきものの美しさを知っておられる方がね、今の陶芸なんかを見てとても残念がっているのを知って、そういう方を取り戻したい。本当にいい物をつくって、それを分かってくれる人と一緒に楽しみたい。という思いがありますね。

谷:   ありがとうございました。本当に突然で申し訳ありません。今、質問しました桶谷さん、京都の方でやはりやきものを作っておられている。やはりおっとゃったように茶碗を作っておられまして、曜変天目を上手に作られる訳ですね。少なくとも、私、中国や日本で曜変天目を復元に命をかけたという人をたくさん知っていますが、その中でおそらく一番上手じゃないかと思います。
 今は井戸茶碗に挑戦されているようですけれど、これは従来の他の作家の方の挑戦とは全然違うスタンスがあるように見うけられますね。非常に面白い、ただ、まだはっきり申し上げて未熟だと思いますけれど。これが形になった時には面白い作品が出きるのではないか。どうしてそういうものを作り続けるのかということをお聞きしたかったということで、質問をさせてもらった訳ですが、その答えで「離れていった、やきものから離れていった人をなんとか取り戻したい」というようなことをおっしゃられておりました。

 今日、遠くから、各地から来ていただきまして、「茶陶」というテーマで、「昨日・今日・明日」ということでお話を伺いました。会場から質問を出していただいて、それにお?答えする形で、いろんなディスカッションというよりは、どちらかというよりはお答え願うということでこれまで進めて参りましたけれど、先程言いましたように、いくつかの問題点が浮き上がってきたように思われます。

 そして、それに付け加えまして、私はもう一言言いたいといいますか、今、鈴木さんが仰った食器のことを例に出しておっしゃいましたけれど、私の始めのお喋りの中で、茶器と常器ということを申しました。つまり、茶道具として使うものと、日常的な生活の中で使うもの。茶の湯人口が減少することが確実な時代にあっては、そういう茶道具だけに留めずに、常器の中に茶道具的なセンスを持ちこむという、壁を取り払って考えていく必要もあるのではないか。そういうものを作って、日常的な生活の中に茶の湯の心というか、あるいは美というものを持ちこむ。そのことを通して、鈴木さんもおっしゃってましたが、良い器を使うことによって、食文化というもの、これも当然変わってくると思う訳ですね。

 現在、食文化というものが非常に危機に瀕しているというか、変わりつつあることは大勢の方が指摘されております。その中で茶の湯というものが、本当に日本の食文化を守ってきている、守るというだけではなくて、これはいろいろ時代で変化をしておりますけれど、茶の湯の料理、懐石料理といいますけれど、それが日本の食文化というものをよく留めている。そして、私がいつも言うことなんですが、最近スローフードということがよく言われますね。イタリアから起こった考え方ですが、そういったことが紹介され、そういったものを日本でも広めなきゃいけないとか、やろうじゃないかという人がたくさんいますけど、どっこい、茶の湯の料理というのは、スローフードそのままなんですよ。

 現代のイタリアの人達が主張したこと、それが500年前に日本においてもう実行されていた。ただし、これは一部の人が需要するに過ぎなかったとは言えますけれど、そういうものが確かにあった訳で、それがまた現在もある。それがまだ一般の人から遠く離れてしまうことによって、食文化が後退しつつあるなんていう批判も出てくる。

 ほんらいの日本料理の復権とも合わせて、やきもの、陶器というものを、茶の湯だけの陶器と限らずに、常器としてその中に茶の湯というものを合体させるといえば言い過ぎになるかもしれませんが、そういった方向性というものを、これから作家のご指摘も受けて、使い手の人にもお願いしたいとつくづくと思う訳です。

 今日、いろいろな方にお話を伺いましたが、結局尽きるところは、作家も勉強しなきゃいかん、しかし使い手、受け手側も勉強しなきゃいかん。ただ漫然とやって、半額になったらそれ買うんだ。ただ安いから買う、逆に高いから買う、というのではなくて、本当にいいもの、作家が努力したことを忠実に理解し受けとめるということが必要だということが、一番の問題ではなかったかという気が致します。

 少し話が長くなりますけれど、私どもの美術館では作家の個展も何度か開いております。現在も、明日までですけれど、韓国の作家の方の茶碗の個展を開いておりますが、そういったものを見ておりますと、作品には個性というものが非常に強く出てくる。それが良く出る場合と、マイナスになって出る場合とある訳ですね。ある人は非常に性格がいい。だから、その作品に性格のよさが出ちゃって、ちょっと力強さが足りないとか。なんか物足りないものがあるんだけど、温和で良い。それはそれでいいんですけど、恐らく上を目指すためには、その指摘されるようなものを克服しないことには限界がある。

 そういった作家側の努力。それから、受け手側は「まぁ綺麗ね」とかいう「良いわね」ということだけではなくて、もっと積極的に作家のほうへ注文を付けていく。ある意味では作家を育てていくのは使い手なんだということですから、注文を付けていく。それだけの勉強をしていただきたい、そうすべきであろうというのが、今日ここで遠くから来ていただいた方々のお話であり、そして会場の皆さんからいただいた事柄を集約すれば、大まかにはそんなようなところになるのではないか。

 まとめになったようなならないようなことではございますけれど、そういうことに致しまして、長時間のシンポジウムをこれでお開きとさせていただきたいと思います。本当に長時間、ご清聴ありがとうございました。

(拍手)

岩崎:   谷先生、ありがとうございました。そしてパネラーの先生方、本当にありがとうございました。今一度皆様、拍手で感謝申し上げたいと存じます。(拍手)どうもありがとうございました。

 ありがとうございました。以上を持ちまして、伝統未来塾第1回公開シンポジウム、「茶陶の昨日・今日・明日」を閉会させていただきたく存じます。本日、「茶陶」をテーマに致しまして、物作りの最前線の方がいかに本物を求めていらっしゃるかという熱意、真剣な取り組み方を承りました。私達もそれぞれの仕事に大いに参考しさせていただいて、本物の仕事をしていきたいと思う次第でございます。益々、皆様のご活躍をお祈りいたしますと共に、我々も大いに勉強し、技や心や見聞を広め、見識を高めていきたいと思います。これからも皆様にご指導いただきたいと思います。本当にありがとうございました。(拍手)

 皆様、如何でありましたでしょうか? 本日のシンポジウムのご感想につきましては、お手元に紫色の縁がついております受講感想報告書というものがございます。この場で書いていただいてもいいのですが、切手を貼ると、そのままポストに入れられるようになっております。じっくりと書いてから送って頂いてもよいかと、期待いたしております。

 伝統未来塾では、本物をどうやって求めたらいいだろうということからスタート致しました。私は、本物を知っている一流の方のお仕事場に、お店に、現場に伺って、その方から直接にお話を伺うのが一番勉強になるのではないかと思うに至りました。そこで、この素晴らしいお話を私一人で受けるのは本当に勿体無いものですから、一緒に集って、会を進めて参りました。まだまだ力不足で、小人数ではございますが、やがて全国から京都に、あるいはこれはどこでも現地集合ですから、皆さんの窯元にもですね、お邪魔させていただきたいと思いますし、これは本物を知る日本人が増えていくということが、結果として良い日本文化を作っていけるんじゃないかと、こういう思いで致しております。皆様には伝統未来塾の授業にて、またお目にかかれますことを楽しみにいたしております。

 今日は伝統未来塾の第1回シンポジウムに、皆様お集まりいただきまして、本当にありがとうございました。気をつけてお帰りくださいませ。

(拍手)

終了

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