とっておきの時間と空間と御話で  日本の伝統文化の本物を学ぶ  探訪見学講話型の特別授業
伝統未来塾  第1回公開シンポジウム「茶陶の昨日・今日・明日」  議事録・その2
2006年06月10日(土)13:30〜17:00 京都国際交流会館




谷:   それでは後半のディスカッションに入らせていただきたいと思います。休憩時間の間に、皆様から多くのご質問をいただきました。どれもなかなか真剣な内容のご質問ばかりであります。ありがとうございます。これらの質問を手がかりに進めさせていただきたいと存じます。

 まず、皆さんに「どんな轆轤を使ってらっしゃいますか?」とのご質問ですが、鈴木さん、電動轆轤、手轆轤? 手回し轆轤?・・


鈴木:   電動轆轤を使っておりますけれども。あとメーカーの名前とか言いますか(笑)

谷:   回転の方向は?

鈴木:   時計回りです。

谷:   安田さん

安田:   私も電動轆轤で、右回りですけれども。

杉本:   あの絵付なんかは、

安田:   あ、絵付も一緒ですね。轆轤線引く時の方が、私は右回り。普通、絵付は逆なんですけれども、私は絵付の授業を受けずに、我流でやっておりますので、右回しで。轆轤線を引く時なんかも、右回しでやっております。

杉本:   僕も電動轆轤で右回し。

山岡:   ちょっと長くなっていいでしょうか?
 轆轤の話が出ましたので、これは私のこだわりなんですけど、「茶陶」の侘び寂びを作るときには、後部回転では私は作らないので、トンと初削りして、親指でエンゴテを付けたまま一気に成形します。
 加藤陶九郎先生のご指導を受けて、粘土とか破片を採取・研究していた金井郁夫という人が岐阜県にいます。この方が作った轆轤が、金井轆轤といいまして、電動付きなんですけれども蹴り轆轤なんです。私はそれを岐阜まで940何キロかけて、福岡から車で、トラックで買いに行って、それを使っています。
 買ってきたその夜一人で、茶碗やぐい飲みや徳利など、作ったり削ったりしてたんですけれども、気味が悪いです。夜、一人で「うふふふ〜ん」と言って、ま、笑ってですね(笑)。面白いものが引き上がったりすると、一人で夜中ニタニタ笑っている状況で、蹴り轆轤でやってます。

安田:   蹴りは、やっぱり逆回り? 左回りで?

山岡:   いえ、やっぱり時計回りで。成形は時計回りで。

安田:   左足で蹴られる?

山岡:   いえ、初めのトカンといって、粘土をこうセンターをかく時は左足で蹴りますけど、あと引き蹴りといって成形をゆっくりする時は、右足で手前に引きながら・・。

谷:   申さん、会場からの質問でね、どんな轆轤を使っているかという質問が、皆さんに聞いているんだけど、電動なのか、手轆轤なのか、右回りか左回りか。

申:   私は電動です。なぜかというと、昔ある方法は、蹴轆轤ですがどんな轆轤でも、良いもの出来る可能性がありますから。もちろん私の親は蹴轆轤でした。私は日本の唐津と一緒です。

谷:   轆轤の質問、皆さん、大体電動轆轤ですね。私の知り合いの韓国の陶工、今日は出ておられませんが、その方は蹴轆轤、左回り。ただ、中国で私が見掛けたのは、大きな木の円盤に棒を突っ込んで、ぐるぐるっと回して、慣性で回っている間に成形する、そういう轆轤を見掛けたことがありますし、またベトナムではお姑さんとお嫁さんが二人がかりで、お嫁さんが柱にしがみついて蹴轆轤を蹴飛ばす。そしてお姑さんが、轆轤で成形をするところがありました。轆轤そのものがそういう風に所によって様々です。しかし現在は電動轆轤が世界中どこでも。ヨーロッパでも電動。

  それでは、次の質問に行きまして、「安田先生、粟田焼の古い時代の定義というか特色とは?」という質問です。

安田:   ご質問いただきました安田でございます。古い時代の粟田焼の定義といいますと、難しいんですね。今、粟田焼といいますと、粟田焼をご存じの方は、卵色で貫入の入ったやきもののイメージ・・。これもまたぼちぼちなんですね。
 ところが、古い文献を読み解きますと、一番最初に粟田口で作っていたものといいますと、茶入なんですね。粟田口作兵衛という人がいて、その人が茶入を5つ持って来たという、そういうような日記の記述がございました。ですから、最初からそういう卵色のものを作っていたのではないと思うんですね。
 それから、少し時代が過ぎますと、仁清という人が、京都で野々村清右衛門という人が仁和寺の門前でやきものを始めます。その人のうちが水指なんかを作っております、仁清信楽という絵の描いていないものがあるんですね。私のところの紹介の一番左側が、仁清信楽の写しの写真が載っているんですけれども、信楽焼っぽい焼締なんですけれども、作りがどことなく華奢なんです。ゴツゴツしていない。黄緑色のビビードロ釉が掛かっていないというのが仁清信楽の特徴であるかと思うんですけれども、1640年頃とか、その頃の粟田のやきものはこういうものを焼いていたと。
 さっき申さんと、初めて喋ったんですけれども、粟田でも伊羅保のようなものをやっておりました。ですから、初期の粟田焼の特徴というのは茶入であり、このような信楽の写しあり、伊羅保あり、というようにいろんなものを焼いております。ですから、なかなか一言でいうのは難しいですね。それで卵色の生地のもので、非常に細かく土を精製したもの、そこに下絵を鉄の銹絵と呉須で染め付けをしたものも現れましたけれども、それはもうちょっと時代が経ってからのように私は思います。

谷:   はい、ありがとうございました。「杉本先生、「茶陶」が少ないのは需要の量のせいですか?」

杉本:   やきものをやっていて、すべての人が「茶陶」をやる訳でも、すべての人が食器ばっかりやっている訳でもない。ただ僕は食器を主にやっている。「「茶陶」をやらないのか?」と言われると、やりたくはないということはないんですけど、まだ「茶陶」は出来ないかな? と自分の中で思います。

谷:   鈴木先生、「「茶陶」はいつ頃からになりそうですか?」

鈴木:   さっきもお話申しましたけれども、去年の秋、東京の百貨店で個展を行った時に、初めて茶碗を4・5点出しまして、皆、どういう顔をするのかな? と思って、反応が楽しみだったんです。ちょっとその反応を見るために出したというのもあるんです。
 私は茶碗をいままでやらなかったのは、まだそれは難しく思えて、なかなか出来なかったということもあるんですけれども、あえて茶碗の世界から離れていた。お茶を習わなかったのは、お茶を習っちゃうとその規範の中に嵌められてしまって、そうでなくちゃいけないという、そういうイメージが先行してしまって、私、大変真面目なものですから、そういう風にはまってしまうと面白い茶碗が出来ないのではないかなという気がありまして、あえて茶碗はお茶を習わずに、自分が作ったら、全然違うところから入って「これ茶碗かよ」というようなものを発表したいという気がありましたので、お茶は習わなかったんですけれども。
 それで、私は私なりに茶碗だと思って発表したんですけれども、離れたところからお客さんの様子を見ていると、やはり見ていただいた方は、「う〜ん」と首をかしげられる方や、横に傾げられる方が多くって、やっぱりというのか(笑)、難しいなという感じがしました。
 でも、やはり自分は美濃でやってますから、美濃というと志野、織部、黄瀬戸、いろいろ茶碗がありまして、特に志野の茶碗なんていうのは、みんな、判子を押したように同じような茶碗ばっかり作っているんですけれども、そんなことをやっても、やはり面白くないですし、やっぱり自分が発表する時は、仮に志野の茶碗を発表する時には、「これなんだよ!」というようなものを発表したいという思いがあります。
 まだこれから先、作ることは作りますけれども、発表するのには少し時間がかかるかなと思います。

谷:   はい、ありがとうございます。何か、十分に期待されているようですね。それではまた、申先生への質問なんですが、「将来韓国の美術館や博物館に、井戸茶碗が展示されることや評価されることは有り得るんでしょうか? それとも井戸茶碗は軽視されたままでしょうか?」

申:   私、これ、意味は大体良く分りますけれど、全部はなんの意味かはっきり分らないけれども、今、韓国中央博物館に1点あります。私、館長さんと話した。「なぜこんなに少ないかな?」 館長さんは「井戸茶碗は高いから予算がない」(笑)。
 今、韓国で日本で良い井戸茶碗があっても日本で買うととっても予算がかかるから。ですけれども、これから韓国では抹茶がブームです。昔、十何年前は韓国人は茶の湯とか全然関心なかったんですけれども、3年前かな? 韓国で、日本の文化で何が一番いい文化かアンケートを取ったんです。ある時は、日本の文化で、一番悪い文化はパチンコでした(笑)。おかしいですけれども、パチンコ屋は韓国人の社長いっぱいるのに(笑)。一番いい文化は何かなといった時は、茶の湯でした。これはやっぱりドラマ、韓国のドラマがあったんです、千利休の。ですから、あの時豊臣秀吉はものすごく悪い人間で、千利休は本当にいい人間として出てきたんです。このドラマは大ヒットしたから、韓国でも抹茶が、日本の小山園とか、ものすごく高いから問題あるけれども。絶対韓国でもいいお茶碗とかこれは美術館とか博物館で展示できます。日本の有名なやきものの作家、美術館で展示できる。絶対できます。

谷:   はい。ということで、私から少し補足をさせていただきますと、昨年、一昨年のことですか、韓国の太田から少し離れた清州という街で、高麗茶碗の展覧会が開かれたことがあります。出たのは伝世品ばかり。この中に井戸茶碗も、武田井戸というのが1点ありました。いろいろな、我々が見て、欲しいなと思うような優れた伝世品の高麗茶碗の展示会が行われて、しかも1月ぐらいの短い期間でしたけれども、1万人近い観客があったといいます。私も同じ美術館の人間としてうらやましく思ったんですけれども、そのように結構高麗茶碗も韓国で人気がある。申さんがおっしゃったように、異文化というものに対する関心がきわめて高い。日本のお茶が高いとか、小山園のお茶が高いとかいうのは、これは小山園が悪いのではなくて、小山園の名誉のために言っておきますと、これは韓国の関税がもうめちゃくちゃな高率で、500%なんです(エ〜?)。ですから韓国ではどうしても5倍以上の値段でないと販売できないという状況があります。ですから、皆さんが韓国に行かれる時は、抹茶を持っていかれると大変喜ばれる。それと、和三盆ですね。申さんも大好きですね(笑)
 それと、申さんに、「カイラギについてもう少し詳しく説明してくれ」ということなので、先ほどは時間がなくて慌しかったですから、もう少しお願いします。

申:   カイラギは、何の木かな?(笑) たとえば韓国人のホジの木? たとえば、法事でいろいろ祭器があります。したがって、その時は普通の食器を使っては困ります。普通の食器と祭器の区別がいるでしょう? 区別するために自然にカイラギができる釉薬を使いました(エ〜?)。ですからこれ、偶然に出来たのではなくて、初めから祭器ですから、普通の食器との区別のためにできたものです。

谷:   ということで、お分りになりましたでしょうか? 法事の時に、見てカイラギがあると祭器であるということが分るように、あえてカイラギが出やすい土あるいは釉薬を使ってあのようなカイラギが出たのだということです。
 それから、もう一つ、申先生へ。「韓国では日本人が祭器の一つであった井戸茶碗を「茶陶」として利用していることを、どのように受けとめられているのでしょうか?」

申:   本当はこれは私の個人の考えでありますが、「ありがとう」です。なぜなら韓国は戦争がものすごくあったでしょう。いろいろと。日本の植民地時代もあったし、アメリカもいたし、韓国はなにも残ってないんですよ。でも、日本で残った。

谷  どういう気持ちですか?

申:   ですから、韓国人は祭器を作る時は、一番大事なものという考え方があります。韓国人が一番大事にしているものを日本の方々が好きだから、ものすごく気持ちはいいです。次は「ありがとう」です。茶の湯の関係では、反日感情とか全然ないです。私も本当に「ありがとう」です(拍手)。

谷:   はい、ということです。これは山岡先生に、「「茶陶」を作る時、どのような気持ちで、または何を最も重点して作られるんですか?」

山岡:   私が今46歳で、「茶陶」を作る時の模範は、美術館や博物館にある、昔からふるいにかけられて残った「いいもの」とされている物です。野村美術館にも名品、重要文化財があります、坂本井戸とかですね。そういうものを見てですね、時代と共におこる、経年変化、酸化作用とか、使われてきたこの渋みとか時代感とか、これはいかんともし難い、新物では表現できない、時代感というものが、古い作品に、あるんです。これを新物に求めようとしても無理ですけれども、器体のバランスとか、口辺、高台回りの作りなんかのバランスがピターっとまとまっているんですね。高台の大きいものでも大きく感じない。先程先生がおっしゃいましたけど、用と美があるんです。そういうものがちゃんと残っているんです。それを私の模範として目標として作っていますし、
 作る時の本当の注意というか、肝に銘じていることは茶人が使うものですから、昔は殿様とかある程度の侍みたいな人達が茶碗として使った時代は、大きな茶碗でも男の手には収まったんですけれども、今のお茶人さんは女性の方が多いので、ちょっと大きすぎるねとか、ちょっと重いね、とかいろんな反応が茶碗を作ってお見せする度に返ってきますので、やや小さめ、軽めにと心がけています。
 私が一番肝に銘じて作ろうと思うのは、時代感と、今私の茶碗を使ってくれている茶人の方が、「なんか知らんけどこの茶碗使うんよね」、「この茶碗がいいよね」とか、本当に心から気に入って使ってもらえるような茶碗を作りたいと思っています。それがまだ勉強を始めたばかりで分らないので、炭壷の中ででんぐりがえっているような状態ですけれども(笑)、いい先生が周りにたくさんおられますので、いろいろ刺激を受けながら、勉強しながら、これからやっていこうかなと思っています。

谷:   はい、ありがとうございました。安田先生へ、同じような質問です。「「茶陶」を作る時、どのような気持ちで、または何を最も重点して作られるんですか?」

安田:   そうですね、私は、たとえば蓋置を作る時、どの場所で使われるかなとか、取り合わせはどう、これを持ってきたときにどうするかとか、水指はこの寸法だとどの棚に合うだろうとか、そういうことを考えますね。それから、お茶碗は飲みやすいものが一番でしょうし、点てやすいのが一番でしょうし、そういうような観点から作っております。

谷:   はい、同じ方が全員にとおっしゃってますが、申し訳ありませんがこちらでお二方に絞らせていただきまして、まず鈴木先生。「これからの「茶陶」なりやきものを考える上で、教えていただきたいのですが、やきものを作られる際、最初に使われる人を意識して作られるのですか?」

鈴木:   非常に難しい問題でして、今、横で安田君が話していたのを聞いていると、これはどういう風に使われるのか、用途を考えながら、最初の谷先生の基調講演にもありましたように汎用性という言葉がありましたけれども、私はやっぱり一番作品を作る時に考えることは、突拍子もないことを言いますけれども、その形以上に作品が大きく見えること。絶対に今までなかったものを作りたいという、そういう思いで作っておりますので、たとえば花入を作る時に、もちろん花入というものは、中に水が入って花が活けられなきゃいけないんですけれども、作っていくうちに形がひしゃげてきて、何て言ったらいいのかな? 汎用性とか実用性の面からはちょっとかけ離れた部分にいってしまうものもあるかもしれませんし、また私の紹介のところにある真ん中のこの壷なんかは、轆轤で形を引いておいてから、泥をたっぷり塗っていくものですので、無茶苦茶重たいんですよ。それでもやっぱり力強さとか、自分の想いを表現することを先に考えますので、やはり正直申し上げまして、使い手さんのことはあんまり考えていなんです、私は(笑)。とにかく、これでどうですか? これ見てくださいという、こんな気持ちでいつもやってますけれども。

谷:   はい、杉本先生、同じ質問。

杉本:   鈴木君が言った事と、まったく多分逆のことを僕は考えているんです。僕の作品というのは、普段いつも使うご飯茶碗であるとか、湯のみであるとか、急須であるとか、あと土鍋であるとか、本当に毎日使うものですから、いつも頭にあるのは、持ちやすいもの、使いやすいもの。誰が使っても違和感のないものを心がけて作っている。そういう部分でいくと、多分鈴木君とはまったく逆の考えで僕は作っていいると思います。

谷:   はい、ありがとうございます。いろいろな質問、多彩な質問がありまして、質問をお寄せ下さいとお願いした手前、すべてご紹介しないことには大変失礼なことになりますので、もう少し質問を取り上げ、それに答えていただくような形を取りたいと思いますが、一つこういう質問があります。 箱書についてなんですが、「「茶陶」に使用するものでは、やはり箱書がないものは価値が落ちるものでしょうか?」 という質問がきております。
 これは僭越ですが、私から答えさせていただくと、箱書というものは、今の茶道具においては特に問題であろうと考えております。本来は箱書というものは、ある意味ではその箱の中に詰まっている、入れてあるものの情報を書き込んだものであった。つまり、どういう形で、どういうものなのか、それを箱書を見ればすぐ分る。そして、さらには、この茶碗というのがどういった経緯を経て今、ここにあるのかということが、書き込まれている、一種の備忘録でありますし、案内。他の人が見ても分るように、自分が死んでも、子供達がそれを見れば分るようにという案内のようなもの、こういった意味を持ったもの、これが箱書の起こりであったのだろうと思います。ところが、現在一般の箱書は、これは特定の流派の家元が書かれるものが大半になっておりまして、他流派の家元の箱書は使わないという傾向が強くなってきている。これは箱書本来の意味を失ってきている。あるいは箱書の本来の意味が変質してしまっている、ということになっているのが現状だろうと思います。その現状がいいのか悪いのか、ということはあえて申しませんけれども、もしそういう現状がおかしいのであれば、これは誰かが音頭を取って箱書を無くしましょうということではなくて、箱書を見るのではなく、それを選ぶ人が自分の目で対象を見る。箱書に案内されて、誘導されてみるのではなく、自分の目でものを見て選ぶ、ということをされるようになると、おのずら箱書というものの有りようも変わってくるのではないかという気がいたします。

 それでは、質問にはいろいろ難しい問題がたくさんございまして、こちらを先にしましょう。どなたという指定がないのですが、「「茶陶」の需要圏、「茶陶」作りの全体像、デザイン、販売ルートの見直しを迫られるようになる厳しい時代ですね。私も素人ですが、抹茶茶碗、水指を少し作ったりして楽しんでいます。写しみたいなものです。趣味としてやきもの作りをする人が増えていますが、私の行く教室で《茶陶》作りをする人は少ない。なぜなのかと思います。茶の湯と「茶陶」は高尚でとっつき難いと思われているのかなと思う。もっと庶民的にポピュラーにならないかなと思う。いい考えはないでしょうか?」 ということなんですが、山岡さん、どうでしょうか? 「茶陶」はまず売れない。それから、縁遠いものになってきている、高尚なものになってしまった。だからもう少しポピュラーに、庶民的になったらいいんじゃないか? というご意見についてはどうでしょうか?

山岡:   難しいですね。地球上の地殻の土があるかぎり、たとえ温度帯が違っても、手捻りで、茶碗でも湯のみでも作れますからね。ですから、作られるのは、楽しみの中でご随意に、自由に作っていっていいと思いますけれども。さっき谷先生がちょっとおっしゃいましたけれども、お茶の世界というのは、傘の中でしかものを判断しないから、傘からはみ出ている他流派のものは評価しないという、そういうところもあるんで、ご自身で作って、お茶を点てて自宅で飲まれたり、お友達と飲まれたりする、そういう楽しみ方であればどんどんお茶碗作っていいと思いますし、売れるか、売れないかという質問もあったのでしょうか?

谷:   質問としては、同情されている訳です(笑)。

山岡:   「茶陶」に傾けば傾くほど、経営が傾くというか(笑)、高名な先生になるまではちょっと難しい世界。陶芸家としてはそうじゃないかなと思います。

谷:   はい、それでよろしいですか? ありがとうございます。申さんが何か言いたいことがあるということですので、よろしくお願いします。

申:   私は、日本の国よく分らないけれども、日本ではお茶碗は高いのでしょうか? たとえば、シャネルのバックより安いでしょう? なんでお茶碗は高いのでしょうか? 絵より安いですよ。私の考えでは。ですから、本当のお茶碗作っている人は、一生懸命作っているから高いのは当然でないでしょうか? この人の作品あるから、その作品見て偽物いっぱいできるし、自然に安いものいっぱいできるし、これは資本主義の原理です。私の考えからは、日本では今、絵よりものすごく安いですよ、お茶碗は。これもう一回話します。バックより、シャネルでしょうが、ルイ・ビトンでしょうが、それより茶碗は安いじゃないでしょうか? ですけど、お茶碗は後々で高くなるけど、シャネルやルイ・ビトンは後ではゴミです(笑)。そうでしょう? 日本の作家さん、もっと高くお願いします。

谷:   はい、こういう申さんのご意見です。安田さんどうでしょう?

安田:   そうですね、お茶というものは、お茶をやっていると言うと、急に高尚なものされているんやなということを言われたりしますけれど、もっともっと一般的なものであっていいと思うんですけどね。僕なんかはそう思うんですけれども。

谷:   ということは、申さんの言うように、高いものなくてもいいと。安くてもいいと。

安田:   そうですね、はい。お茶の楽しみって、僕は結構、先程お話しましたように、作り手というよりも、使い手で、こんな茶会をしたら楽しいやろうなっていうような感じで、いろいろやっていますもんで、その楽しみというものをもっとアピールしていかないとダメですね。たとえば、今、サッカーなんか非常にワールドカップで賑わっていますけれども、20年前はサッカーは流行っていなかったんですね。それをどうしたかと言うと、一生懸命アピールして、ああいう協会を作って、プロのサッカーチームを作って、サッカー教室をやって、それから芽生えて、皆さんそちらを見ていると思うんですよね。ですから、こちら側のアピールの仕方、お茶の楽しみ方をもっともっとアピールしていけば、分ってくださるという風に思っています。先程申さんとも話していたんですけれども、韓国で非常に茶が盛んになってきているとお聞きしました。やっぱりそういうアピールの仕方によっては、人の気持ちも向いていくのではないかなと思います。その中で需要と供給の関係で、良いものは上がっていくでしょうし、良くないものは売れないというように、これはもう需要と供給の関係ですから。

谷:   ということは、やきもの、陶器、「茶陶」というものだけではなく、茶の湯そのものも問題というか、茶の湯そのものを楽しむ人が多くなることがまず必要だというか。

安田:   そうですね。

谷:   問題としてあるのではないかという考え方。

安田:  そうです。もっともっとこう、こんな面白い茶会ができるんだ、それに友達を呼んできて、「茶会って難しいと違うの?」といわれても、いえいえ、そんなに難しくないんだという。転用しながらでもお茶会はできる。
 たとえば、こんなもん見つけてきた、これをネタに友達呼んで茶会しよう、その後ちょっとお酒飲もうやないか、それが楽しみ方をもっともっとアピールしていったらいいんじゃないかな? どうしても茶会っていうと、難しい大寄せになって、お軸も説明されて、こちら黙って聞いてて、終ったらお相伴ありがとうございましたって言って、お道具をチョロチョロと見て帰る、それだけでは面白くない。
 もっともっとお茶の楽しみ方っていうものを、こっちも楽しんで、それをこう広めていけるようにできればなと常々思っています(拍手)。

谷:   これからは、所謂茶の湯人口というのは、減少傾向にあるというか、激減することが予想されるんですね。そうすると、安田さんの考え方でいうと、安田さんの商売は成り立たなくなってくる(笑)。

安田:   そうですねぇ。でも、激減する中にも、やっぱりこう本当に楽しみがあれば、表現する人があればやっていけるかなと思うんですけれど・・。

谷:   もうちょっと頑張りが必要な気がします(笑)。

 杉本さん、どうです? 茶碗というものはとりあえずいったん切り離して、その質問ですね、「茶陶」はポピュラーなものになったらいいんじゃないかということと、杉本さんのスタンス、その意見に対するスタンスからの回答といいますか、思いであるとか。

杉本:   お茶っていうものがわりと高いハードルがあるような気がするんですね。お茶というもの自体、畳の上にきちんと座って、「お点前頂戴いたします」とか言いながら、お茶を頂かなくちゃいけないというようなね。そういうなんか、決まり事が多すぎて、皆さんがとっつき難いというようなところがあると思う。ただ、そういうものをいかに、皆さんに知ってもらうというのかな、僕達が元々持っているような美意識というのをもっと広めていけば、自然と茶の湯というのが分ってくるような気がするんですけど。

谷:   はい。それもひとつの考え方・・。

杉本:   ちょっと違うのかな?(笑)

谷:   難しいような気が致しますが・・。さらに、鈴木さん、茶の湯とは距離をおいておられる立場からは、今のこうした意見やディスカッション、それらを聞いてどう思われますか?

鈴木:   茶の湯人口って、やっぱり減っていくんですかね?

谷:   どのくらいまで下がるかと言えば、これは分りませんけれど、いろんな数字が近い将来において茶の湯を嗜む人、する人が、減るであろうということを示しているんですね。

鈴木:   そういうお話を聞いて、ほんまに大問題やなと思いますけれども。茶の湯を僕が傍から見ていて、今日はちょっとこういうこと喋ったらマズイなとかいうことがたくさんあったんですけど、それが出てきたらちょっとマズイなと思いながら喋っているんですけれども、それが出てきそうなんですけれども。

谷:   どうぞご遠慮なく(笑)。

鈴木:   あのですね、いろんな「茶陶」の作家さんがやってらっしゃる個展を見ていて、たとえば、箱書と一緒に作品が置いてあって、誰々の書付があって、作品が並んでいるのを見るんですけれども、本当に皆さん、客観的に見てらっしゃるのかなと、そう思う時があるんですけれども。またその反面、今、京都の訓練校でもそうですし、多治見の方にも陶芸を教えるところがたくさんあって、そこを卒業してすぐ始められる方が、3月に卒業して、4月にはもう個展が開けるような、そういう環境が今は揃ってまして、そういうただただ作る作品が、結構もてはやされて、割と安いものですから、よく売れているんですよね。そういう作品を見てらっしゃる方っていうのは、本当に客観的に見て、「あ、面白いな」と思って買ってらっしゃると思うんですよ。
 だから、やっぱり「茶陶」がこれから生き延びていこうと思ったら、やっぱりいっぺん裸になって、作作品本位になる必要が僕は必要だと思うし、それがないと「茶陶」というものは、京都でいえば光悦会、根津美術館の大師会みたいな、そういう一部の方だけの間でしか残っていかないような気がします。
 また逆に、美濃の話なんですけれども、美濃焼っていうのは、今、本当に風前の灯でして、今日はここの窯焼さんが潰れた、あそこはボチボチやばい、そんな話よく聞きますけれど、美濃焼というのは元々、安土桃山時代に瀬戸から陶工が移ってきて、その前からもいろんな山茶碗を焼いていた訳ですけれども、美濃で所謂安土桃山の「茶陶」、志野、織部、黄瀬戸が焼かれるようになって、その後、江戸時代、いろんなものを焼いていましたけれども、明治になりますと今度は京都の真似をするようになって、京都の真似で、いろんなものを判で押したようにボンボンボンボン作って、京都の方には随分迷惑をかけたと思うんですけれども。で、戦後、それでまた美濃焼は随分栄えました。しかし、その後、80年代90年代に入りますと、中国が伸びてまいりまして、中国が今度は、美濃で作ったものを真似して、どんどん作るようになったものですから、当然価格では競争できなくなっちゃって、美濃はもう中国と同じものを作っていたら競争できないですから、どんどん厳しくなってきたんですけれども。
 そういった時に美濃の方々はどうしてるかと言ったら、どっかまた他の違うところのよく売れるようなものをもってきて真似するようなことばかり言ってらっしゃるんですけれども、やはりいかにいいものを作るかっていうことがなければ。美濃の、これは僕の美濃論なんですけれども、今まで安いものをたくさん作って利益を得ていたんですけれど、これからはいいものを少し作って、高い利益を得ていく方向に持っていかないと、美濃は生き残っていかないと思うんですけれども。そういったことが僕は「茶陶」にも言えると思うんですけれども。やはりいろんなそういった眼鏡を取っ払って、良い作品は良いって言えるような、本当に良い作品、こういうものが欲しかったって思えるような作品を作るのが僕らに課せられた一番大事なことだと思います。だから、そうしていかないとこれから先、非常に厳しい時代が来るんじゃないかと、そういう気がします。

谷:   今の鈴木さんのお話ですと、たとえば、小量の生産で付加価値を付けて、価格が高いものを作る、それが生き残る道じゃないかなということですね。そうしますと、まず考えられるのが、現在やきものに従事している人達の多くは、こぼれ落ちざるを得ないのではという気がしますがいかがでしょうか?

鈴木:   僕は、淘汰は免れないと思います。やはりこれからは・・、どんどんボロが出て喋ってはいけないことを喋っちゃうような気がするんですけれども(笑)、これからは本当に勉強してないといけないと思いますし、その勉強っていうのは何かって言うと、やはり「不易流行」っていう言葉がありますけども、不易なものが分る人、何て言ったらいいんだろう・・、良いものが良いと分って、それが手で作ることができる人が残っていけると思いますし、僕も常々、そんなに勉強してないんであれなんですけれども、いかにして勉強したかが、差となって表れてくるような気がします。

谷:   そうしますと、鈴木さん、先程まだまだ「茶陶」に打って出るには時間がかかりそうだというようにおっしゃっていた訳ですが、その意味は自分の勉強なり技量というものが、まだ自分では不充分だと思われていることと、世の中の状況がまだ俺が出てくる状況ではないんだという(笑)。

鈴木:   それはないんですけれど、やはり、茶碗って難しいなってことですかね。はい、以上です。

谷:   別にボロが出ても困ることはありませんし、それがどうのこうのというわけではありません。私はそういうことを引き出していくのが好きなタイプですので、どんどん喋っていただきまして、できるだけ本音のところを喋っていただきたいと思う訳です。

 申さん、韓国の状況でですね、現在韓国の陶工、陶器、やきものを目指す人が非常に増えていうように見うける訳ですね。またそのやきものをする人の多くが、「茶陶」を手がける。高麗茶碗を焼いてみる。そしてその高麗茶碗、なにを先ず選ぶかというと、それは井戸茶碗だという状況があると見ているのですが、その辺の状況を少し詳しくお聞かせ願えますか?

申:   今、韓国の高麗茶碗、たとえば井戸茶碗とか、粉引を皆作ります。なぜ韓国の陶工は井戸茶碗好きか。これ結論は日本の国宝で喜左衛門井戸があります。これは韓国のテレビで何回も紹介したので、ドラマでも紹介したし、谷先生の解説で韓国KBS、日本のNHKですね、そこで紹介されたこともあります。韓国人が見ても、韓国のものがどんどん国宝になったですから、皆、関心があります。ですから、日本では井戸茶碗が宝物で、皆買いたいですから、井戸茶碗は高いのです。ですから韓国の陶工は井戸茶碗を作りますけれども、私が見てもまだ下手で恥ずかしいです。

谷:   韓国の中で井戸茶碗は売れますか?

申:   たとえばうちの販売の50%ぐらいは茶碗で、そのなかに井戸茶碗もありますけれど、韓国人の陶工で全部茶碗作る人もあります。ですけれども、売れた話は少しだけしか聞きません。

谷:   ということは、作ってもあまり売れない?

申:   あんまり売れないけれども、買う人もあります。

谷:   それを買う人は、これから増えていくと思われますか?

申:   そうそう、もちろんです。

谷:   韓国の陶工の方は、覇気がありますね。これから将来の希望がある。

申:   それは覇気じゃない。なぜか? 安いものを作る、ソウルの近くにやすいものを作る所いっぱいあります。あそこは中国から安いものがいっぱい入りますので。でもブランドイメージがないところは、皆苦しい。良いものをつくればそれがブランド品になるから。安いものだけを作るところは厳しいですね。お茶碗作る人も、自分が信念持って作る人は絶対未来があるし、お金だけ欲しいからたくさん作る人は未来がないかなと思います。

谷:   期せずして、お二人、鈴木さんと申さんから、安い中国茶碗が非常に流通していることが、日本でも韓国でも大きな問題になっている、との指摘がありました。陶工、やきものを手がける人達の生活を圧迫している。そしてまた同時に同じようなご意見で、やはり良いものを作らなければならないんだというような、たまたま意見の一致をみましたところで、で質問表には書かなかったんだけれど、今ここで質問をしたいという方がおいでのようです。どなたでしょうか?

参加者:   今、ちょうど谷先生が、申先生に質問してくださったようなことを、私はお聞きしたかったんです。だから、ほとんど答えていただいてありがとうございました。ただ、私は韓国の作家の方は二名しか存じ上げていないんですけれども、その方達はほとんど、「茶陶」ばかりをお作りになって、ターゲットは日本でした。日本がお客様ですと。

申:   ちょっと私から言います。20年前はそうです。今、日本の観光客はお茶碗買うお客様は少ないです。

参加者:   いえ、観光客じゃなくて、日本のお茶人さんを相手に。

申:   これは、人によって違いますけれども、私の父親の弟子は33人、皆、独立したんですけれども、全部井戸茶碗作りますし、お客さんの50%は韓国人です。ですから、日本の人だけが相手ということではあれません。

参加者:   それは祭器としてお買いになるんですか?

申:   今、韓国でも井戸茶碗が祭器と分る人は少ないんです。私が今年、本で発表しただけです。

参加者:   でも、ご飯茶碗としては使いませんよね、あれは?

申:   やきもの?

参加者:   その井戸茶碗なんかは。では、何としてお使いになるんですか?

申:   抹茶茶碗でしょう。

参加者:   抹茶以外には。

申:   たとえば、こんなことがあったんです。お金持ちがあったんです、うちの隣りに。この人は、自分の子供に漢方薬飲む時に井戸茶碗使った。大金持ちですから。そのように薬を飲むためのものとして井戸茶碗を作る人もあるし、抹茶茶碗として作る人もあるし、日本の煎茶があるでしょう? 煎茶を飲む為のものとして作る人もいっぱいあります。
つづき

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